母親の命日を迎え心の中で母と会話しました

私の今の年齢で私の母は人生を閉じました。今日は命日で今までも墓参りや、実家の仏壇に手を合わせることはして来ませんでした。私のような娘を親不孝者というだろうか、私は何時も母のことを胸に抱いているのので、信念を持って敢えてそうしてこなっかったけれど、形式と離れた場所で母と会話しています。大人になって自らも子を成し孫もいてやがて私自身も晩年に向かって歩んでいるというのに母の前では一人の娘です。時間が経過すると記憶が遠ざかると思えば悲しみは柔らかくなっても記憶の鮮明さは変わりません。私は母の描いた人生を歩んでいるだろうか、私の幸福感は伝わっているだろうか、自問自答しながら母の思いを探っています。結婚して自立した後は何の口出しもなかったけれど、水先案内人が欲しいと思いつつも意固地になって相談することもせず自然の流れの中で時を過ごして来たけれど親の前で素直になりきれなかったことが今となってはおかしく思い出されるだけです。